僕は、自分の髪に、それなりの自信があった。硬くて量が多く、少しクセはあるけれど、ワックスをつければ思い通りのスタイルが決まる。それが、20代の頃までの僕の髪だった。異変に気づき始めたのは、30歳を過ぎた頃からだ。決定的な何かがあったわけではない。ただ、毎朝のスタイリングの時に、ほんの少しの違和感を覚えるようになったのだ。以前なら、ドライヤーで乾かすだけで根元がふんわりと立ち上がったのに、今はどうもぺたんとしてしまう。ワックスをつけても、時間が経つとへたってきて、ボリュームが持続しない。雨の日なんて最悪だ。湿気を含んだ髪は、まるで意思を失ったかのように、頭皮に張り付いてしまう。友人からは「髪、切った?」と聞かれることが増えた。切ったわけではない。髪が細くなり、コシがなくなったことで、全体のボリュームが減り、短くなったように見えていただけなのだ。シャンプーをしている時の手触りも変わった。以前は指に絡みつくような、しっかりとした抵抗感があったのに、今はどこか頼りなく、するりと指が抜けていく。これが、「髪が痩せる」ということなのか。そう実感した時、僕は言いようのない恐怖を感じた。抜け毛の数が劇的に増えたわけではない。生え際が後退したわけでもない。しかし、確実に、僕の髪は内側から弱り、元気を失っている。これは、木が枯れる前に、まず葉の色が褪せ、枝がしなやかさを失っていくのと似ているのかもしれない。多くの人は、目に見える抜け毛の量や、生え際のラインの変化といった「結果」にばかり注目しがちだ。しかし、本当に恐ろしい前兆は、日々の生活の中で感じる、こうした些細な「髪質の変化」の中に潜んでいる。あの頃とは違う、という自分の感覚。それこそが、何よりも信頼できる、薄毛の始まりを告げるサインなのだ。